五十崎地区を訪ねて
昨年の流行語大賞は「ゲゲゲの〜」になりましたが、ノミネートの言葉に「〜ぜよ」がありました。福山雅治さん主演のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の劇中で使われていた土佐弁の語尾がちょっとした流行になったようです。今回は龍馬が脱藩時に使ったルートで河辺の山伝いから降り、船に乗ったとされる五十崎宿間・亀の甲へ行ってみました。
龍馬の乗船場とされている場所には説明の看板があり、文久二年(1862年)3月24日に土佐を脱藩した坂本龍馬は、26日、大野ヶ原の韮ヶ峠の国境を越え泉ヶ峠に宿泊し、27日(新暦では4月25日)の朝、泉ヶ峠を立ち、耳取峠、石上峠、白岩、弦巻を経て、宿間村についたとのこと。かつてここ宿間村の亀の甲は川舟による交通の要所として栄えていました。ここで道案内の那須俊平と別れて、龍馬と沢村惣之丞は川舟に乗って、小田川、肱川を下り、大洲、長浜を経て、長州を目指します。
この説明書き看板の近くにある竹の谷川橋欄干には龍馬が舟に乗っている姿を模した装飾がありました。
小田川から肱川。そして長浜へ向かう途中で龍馬達は大洲の城下町、現在のおはなはん通りあたりに立ち寄り、お昼を済ませた後、長浜河口へ向かったそうです。大洲・内子・長浜には色々龍馬脱藩ゆかりの場所があり、ちょっと興味をもって、散策してみるのも面白いかもしれませんね。
流行語ではありませんが、1867年11月15日・龍馬の誕生日に、京都近江屋で龍馬は殺害されます。刺客に襲われた時に、刺客が発したとされる「こなくそ!」という言葉は伊予の方言だったと伝えられています。みなさんもたまに使う言葉ではないでしょうか?
説明書き
竹の谷川橋欄干